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lore: origin
ある民族の話をしよう。
それは未来の星に栄えた一族であって、しかし総じて胸のうちに前時代的な過去性をかくして持つ人びとであったために、彼らの民俗はわれわれの知る一部の地球先住民のそれに似てシンギュラリティだ。
彼らの衣装もまた似ている。先住民族の、あるいは祖先の、旧い一族の服装に似ている。生き残るための衣装だからだ。日常が死と隣り合わせだからだ。闘争の生活において肉体の死は目前に迫り、精霊の死は常に息を潜めて彼らの首を狙っている。肉食獣と夜天で闘争した時代に、命を守るため、そして命を奪うために作られた衣装と、その内部に潜む埋み火のような意思。肉の呪縛、心の呪縛こそが彼らを地上に繋ぎ止める舫である。彼らは強く生に執着する。自己を第一の利益として行動するが、唯一その計算に打ち勝つのは愛である。それは生物学的な近しさとは無関係に彼らの生活を満たしていて、その愛情をもって自らの命を投げ出すことすらもある。卑屈にもみえる頑固さで懸命に守り抜いたその人生を、愛する友、愛する家族、愛する子のために費う。それが未来だからだ。種としてのサバイバル。
彼らは過去の遺物に頼ることはしない。それらは異物として存在し、他の自然、木の枝や石ころや土塊、と同じ序列に存在する。忌避することもない。ただそこにある。利用することもあればしないことも多い。彼らは滅びた文明の存在を知らないのでまたその利器についても知識がない。天の恵みと人類科学の産物を区別する基準を持たない。ひと世代ほども昔、ある異端の者がいて彼は先天に遺物に惹かれる性質を持っておりまたなぜかそれらを地べたから分って拾い上げることにも才能があり、そのために周囲と決別して遠く星の裏にまで旅したというが定かではない。大多数、ほとんどの人びとは、興味を持たない。ときおり装飾に使ったり、食器にするのみ。
ただ道と家についてはその限りではない。彼らはわれわれの知るギリヤク人のように道路のことを嫌う。先の文明が残した網の目のような舗装を彼らは慎重に避けて移動する。きっと罠に通じている。危険を犯すべきではない。家についても同じことを感じている。丁寧に未知の素材で葺かれた屋根や頑強な構造体は、彼らの目にどう映っているのか?
彼らは極めて少人数のコミュニティを形成する。彼らは身の丈以上の道具を持たない。文字通り。彼らに信仰はないが、経験則を形作る民話は数おおく、巨大な道具に頼って身を滅ぼした個人にまつわる寓話はとても多い。彼らは輪郭を理解しない。国境や、人種などの、曖昧な輪郭の線引きは彼らにはない。身を寄せ合って眠ることで彼らは装甲のような自己防衛を可能として、また同時に沼のようにやわらかい。それは若いセクスに似ており、幅広い変化を繰り返しつつ柔軟で弾力的だ。
彼らの言語は共通で、ルドヴィコ・ザメンホフ博士の夢想した共同体を遠い未来に現出させる。文化的背景も動機も必要としないこの廃世紀に、共通言語となるべく設計された言語が主たる記号となるのは当然の事のように思える。また彼らの会話は囁くようにして実行され(エンジンもスピーカーも周囲にはなく)伝達は口語的であって、彼ら独自のノモスをも形成している。
幾星霜も昔の火による浄化を経験した星は、ふたたび楽園の緑と山とさざなみとを身に纏って、人類にとって、死によって浄められた人類にとって、その高められた知性には、もはや知識も毒ではない人類にとって、償いを済ませ、再生した、幸せな、そうしてその時には不死でありながら、なおかつ肉体を備えた人類にとって、ぴったりの住み家となるだろう。ただ今は、まだ地表に長方形の異物が残り、水はにごり、大気は乾燥して、人口の多くは拡大する砂漠とがんじょうな植生との間隙をアメーバのように移動しつつ種子を繋いでいる。
その生命は種の群れとしての闘争であり、停滞は許されずに皆発展を試みる他ない。日常は戦場で、祭祀で、実験だから。実験である以上その背後にはデータがあり、情報は伝承に変態する。伝承は紐解かれて、情報へと立ち戻り、その利益を我々に与えるだろう。遠い未来の生活者の、実験と闘争の記録、その転写されたイデアを過去から語り、捉えて、個人の闘争を続けよう。遠く語りかける声に耳を傾けよう。戦いの今日、話をしよう。
ある民族の話をしよう。
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